尼子家最大版図

尼子家は、日本の歴史において、中國地方(現在の島根県など)で勢力を発展させた大名です。尼子家の最大版図は、16世紀前半において、當時の中國地方の大半を支配していた時期に當ります。

尼子家の勢力は、16世紀初頭にはまだ限定的であったものの、1543年、當主の尼子晴元が政権を掌握し、次第に周辺の勢力を圧迫し、領土を拡大させ始めました。1560年頃には、尼子家は出雲國、石見國、伯耆國、備脇國などを含む中國地方の大半を支配していました。

しかし、この盛期は短かで、1565年に毛利元就が尼子家に反旗を翻し、尼子家は急速に衰え、1585年には、秀吉の手によって亡きものとなったのです。

尼子家の最大版図は、歴史的には短い期間にわたって存在したものの、その影響力と支配範囲は、當時の中國地方では圧倒的であったと言えます。